はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 240 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナとは朝別れたばかりで、まだほんの四時間ほどしか経っていないのに、もう面倒が?

ダンの頭の中をいろいろな考えが巡った。

いったいブルーノをここまで来させるほどの「面倒って何ですか?」

考えは口から飛び出していた。

「あとで話す。とにかく戻るぞ」

ブルーノがダンの腕を掴み、さあ行くぞと引っ張った。

「い、いま話してください」ダンはブルーノを引き戻し、その場に留まった。本当はすぐにでも向こうに戻りたいけど、ヒナに関する事なら、旦那様にも聞いてもらわなくちゃ。

「いま?ここで?」ブルーノが背後に視線をやる。「内輪の事だぞ」とダンの耳元で囁いた。

「だって、僕はヒューにここにいるように言われたわけですし、理由も分からず戻って、代理人と鉢合わせなんてしたら――」

「鉢合わせなんてしない。遅れるそうだ。それとは別で、客が来た」ブルーノが早口に言う。

「お客様が?いいんですか?お客様を迎えたりなんかして」そのせいで、ヒナが追い出されることにでもなったら、今までの苦労が水の泡になってしまう。

「いや、客って言ってもそういう客じゃないんだ」ブルーノがもどかしげに言う。「クロフト卿って知っているか?パーシヴァル・クロフト・ラドフォード」

「クロフト卿!まさか、どうして――」ダンはハッとして両手で口を覆った。ヒナとクロフト卿の関係をどこまで明かしてもいいものか、今すぐには判断できない。できれば旦那様と相談して――

その旦那様の呻き声が背後で聞こえた。必死に言葉を呑み込んで舌を噛んだのかもしれない。クロフト卿とは長い付き合いだけど、仲が良いとは言い難い。

ダンは振り返って様子を確かめたい衝動をなんとか抑え、口元に当てた手をさりげなくおろした。

「知っているんだな?ヒナに会いに来たと言っていたが、どういう関係だ?」ブルーノは威圧的な態度で迫って来た。

「どうって……」どうしよう!ダンはとうとう振り返った。

旦那様、なんて答えたらいいですか?

「送って行こう」旦那様が大股で近づいて来る。「ウェイン!」と声を張り上げ、横をすり抜け廊下に出た。

ものすごく、怒っている。旦那様はクロフト卿とヒナが仲良くするのも、血縁関係にあるのも気に入らないのだ。だから今すぐ駆けつけて、間に割って入る気だ。

これはまずいぞ。

「ブルーノ、とにかく急ぎましょう。ところで、クロフト卿はお一人でしたか?」ダンはブルーノの手首を掴んで廊下に出た。旦那様よりも先に屋敷へ戻って、ヒナと口裏合わせをしておかないと。

「ああ。従者を一人連れていたが、一人だった」

「従者?」

「エヴァンとかいう、顔に傷のある男だ。談話室に残してきたから、急いで帰りたいんだ」

エヴァン!またどうして、エヴァンなんか連れて来たのだろう。

「ウォーターズさん、送っていただかなくて結構です!」

ダンはどこに消えたか分からない主人に向かって声を張り上げると、ブルーノと自転車の置いてある裏口へと急いだ。

ともかく、状況を確認しなきゃ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 241 [ヒナ田舎へ行く]

ダンがブルーノと使用人区画の狭い通路を進んでいると、ロシターに出くわした。

ロシターはもの問いたげに脇をすり抜けるダンに目をやった。

君たちのおかげで寝た子が起きたではないかと。

ダンはそれは違いますと見返した。

悪いのはクロフト卿で僕でもブルーノでもない。だいたい、クロフト卿は君の主人じゃないか。正式にはまだでも。

「ブルーノ、先に行っててください」ダンは立ち止まってロシターに向き直った。「ヒナのことで、ウォーターズさんに伝え忘れていたことがあったので」

ブルーノは言い掛けた言葉をいったん飲み込んで「急げよ」とだけ言って先に行った。

ダンはブルーノの姿が見えなくなると、ロシターに顔を近づけた。「聞いていたと思いますが、クロフト卿がラドフォード館にいらしたようです。とにかく僕が状況を把握しますので、旦那様を少しの間足止めしておいてもらえますか?たぶん、そう長くは無理だとは思いますけど」

「了解。他には?」ロシターが事も無げに言う。旦那様を抑えておくことがどれほど大変かまるで分っていない口調だ。

「ああ、そうだ。エヴァンも一緒だと伝えておいてください。では」

ダンが裏口から外にでると、ブルーノはすでに自転車にまたがって待っていた。

ダンはそれを見て遅ればせながら驚いた。ブルーノと帰るということは、僕はあの荷台という小さな場所に腰を下ろすということだ。またぐのか?それともレディが馬に乗るときのように横乗り?足が車輪に挟まって千切れたらどうする?

やっぱり旦那様と一緒に行こうか?

ああ、こんなとき馬に乗れたらと思う。そうしたらウェインに一番早い馬を借りてラドフォード館までひとっ走り出来るのに。

「なにぐずぐずしている?早く後ろに乗れ」

ブルーノに急かされ、ダンはひとまず荷台にまたがった。男たるもの横乗りなど出来るものか。確かヒナもそうしたはず。

「ダン、しっかりつかまれ」ブルーノはそう言うと、ダンの手を掴んで自分の背中に引き寄せた。

ああ、いい匂い。

ダンは思わず鼻先を擦りつけた。ブルーノったら、ヒナよりもいい匂いがする。

言われた通りにブルーノの腰に腕を回すと、自転車はさっそくラドフォード館に向けて走り出した。それからすぐに質問攻めが始まった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 242 [ヒナ田舎へ行く]

ダンが腰に手をまわし、背中に張り付いている。

天国のようなそれでいて地獄のような感覚に、ブルーノはハンドルをぎゅっと握り締め、ペダルをぐっと踏み込んだ。自転車は一瞬よろめいて、それから道をまっすぐに進んだ。

「それで?ヒナとクロフト卿の関係は?」後ろに向かって声を張る。

「ただの知り合いです」

ダンの声が背中を伝い、うなじを擽り、耳朶を撫でた。ただの知り合いのはずはないだろうという反論の言葉は風によって無惨にかき消された。

ブルーノはペダルを踏む力を緩め、スピードを落とした。

少し時間をかけて戻ったって誰も文句は言わないだろう。こっちはこっちで仕事をしているのには変わりないのだから。

おそらくはスペンサーが親父を見つけて、部屋の手配やら何やら済ませているはず。

そう思うと、気が楽になった。

「伯爵つながりか?」ブルーノは訊ねた。

「いいえ、クロフト卿と旦那様がお知り合いで、それでヒナとも仲良くなったんです」

「へぇ」意外な気がしたが、そう意外でもないのだろう。公爵家の次男と次期伯爵は同じ世界に住んでいるのだから。「ヒナは誰とでも仲良くなれるんだな」

「気が合うみたいです」

そうだろうな。

「だが、ヒナはパーシーは知らない人だと言っていたぞ」

「え?なんですか?」

わざととぼけたのか、本当に聞こえなかったのか。

「知り合いだと知られたくなさそうだったが」

「そんなことありませんよ。ただ、ここでの自分の立場を考えたのでしょう」

ダンの言い分はもっともだった。代理人が遅かれ早かれやって来る状況にあって、自分の知り合いがその場にいてもいいのかと戸惑う気持ちは分からないでもない。彼はまだ伯爵ではないし、何の知らせもなくやって来たわけで、この事を現伯爵が知ったらどう思うかなど、こちらとしては全く予想がつかない。

となると、ヒナがこんな人知りませんと宣言したのも、当然といえば当然なのか?

「クロフト卿は何しにここへ来たと思う?」純粋な疑問をぶつけてみた。

ダンがうーんと唸りながら理由を考えているのが背中で感じられた。くすぐったい。

「休暇ですかね?ロンドンに飽き飽きしたのでしょう」しばらくしてダンが言った。

まあ、確かに。ここにはヒナがいるわけで、絶対に退屈はしない。そのかわり、こちらとしては邪魔者が増えたわけで、おちおちダンに言い寄っていられないかもしれない。唯一の救いは、条件的にはスペンサーも同じという事。抜け駆けがし難くなったに違いない。

ざまあみろだ。

そしていま、ダンと二人きりなのはこのおれだ。

ブルーノは道を外れ、林に入り込んだ。少し、遠回りをしよう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 243 [ヒナ田舎へ行く]

急いでいたはずなのに、まるで散歩でもしているかのように、自転車はのんびりと進んでいた。

焦る気持ちと、心地よさがせめぎ合う。

お尻はちょっと痛いけど、ブルーノの背中は広くて寄り掛かるには最高だ。

あれ?僕、何を考えているの?

ブルーノが最高だなんて。

違う違う!最高なのは背中。

ダンはひとり、パニックに陥った。

男の人の背中を最高だなんて、そんなこと思っちゃいけない。僕はヒナやクロフト卿とは違うんだから。

でも、ブルーノの背中はまるで僕の為にあるようにしっくりと身体に馴染む。

ブルーノもそう思っているのだろうか?だから質問攻めをやめたの?

急に無言でいることが息苦しくなった。

けど、安易に口を開けば、ぼろが出てしまうかもしれない。いまのところ、なんとか嘘を吐かずにやり過ごせているのに。

「ウォーターズとはどんな話をしていたんだ?あんなふうに一緒に茶なんか飲んだりして」ブルーノはとげとげしい調子で言うと、自転車を止めて振り返った。長い脚一本で二人分の体重を支える。

「ヒナの話に決まっています!」ダンはむきになって言い返した。旦那様がお茶に誘ってくれる理由なんて、ヒナの他にあるわけない。ヒナがいなければ、僕なんかに目もくれないんだから。

まさか、ブルーノは旦那様に嫉妬している?

馬鹿みたいな話に、ダンはくすくす笑いを漏らした。

「何が可笑しい?」ブルーノは不機嫌そうに口をへの字に曲げた。

ダンはブルーノの腰にまわしていた腕を解き、自転車から降りた。

「別に、ブルーノことを笑ったわけではないんです。僕自身がおかしくって。だって、ブルーノが僕なんかのことを好きだなんてありえないでしょう」

ヒナにあれこれ言われ、ずっともやもやしていた。気にしなければ気付かないであろう、ブルーノやスペンサーの意味ありげな言動に振り回されて、溜息でもこぼさずにはいられないほど疲れていた。だから、冗談交じりにでも、訊ねずにはいられなかった。

「なぜありえないと思う?」ブルーノは突然のことにも動じなかった。「どうせヒナが言ったんだろうが、おれはダンの事が好きだ。わかったら、さっさと後ろに乗れ」そう言うと前を向いた。

案外、あっさりと認めちゃうんだ。

ダンは目をぱちくりさせていたが、まもなく荷台にまたがり、ブルーノの腰に手をまわして、頬擦りをするように背に張り付いた。

これからどうしよう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 244 [ヒナ田舎へ行く]

エヴァンは邸内をあらかた探索すると、何食わぬ顔で談話室に戻った。

ジェームズ様から手渡された見取り図を頭に叩き込んでおいたおかげで、ヒナの部屋も難なく見つけられた。中を覗いてみたが、予想していた通り日当たりのいい清潔な部屋でホッとした。

大きな屋敷は、半分も使われていない状態だ。クロフト卿が割り振られる部屋もおそらくはヒナの隣室になるだろう。そのほうが合理的だからだ。

荷物はあとで運ぶことにして、周辺の偵察に出掛けた。北にのびる小道はウォーターズ邸へと続いている。舗装されているので、ここが毎朝パン屋が通る道で間違いないだろう。

おや?あの男。

エヴァンは小道をやってくる自転車に目を留めた。美しい髪をしたブルーノだ。

素性の不確かな人間を置いたままで(自分のことだが)どこへ行ったのかと思えば、旦那様のお屋敷へ行っていたのか。おや、後ろに誰か乗っている。ダンか?

ブルーノの方もこちらに気づいた。苦々しい顔つきで、スピードを上げた。

ダンが自由に旦那様の屋敷とここを行き来できることに驚いたが、なにより、ブルーノが自転車でダンを迎えに行ったことに驚いた。ヒナの知り合いだというクロフト卿の対応を任せようというのだろう。なんと浅はかな。

エヴァンは笑いを噛み殺した。クロフト卿のお供など退屈で仕方がない――ヒナに会えると思って引き受けたまでだ――と思っていたが、楽しくなりそうだ。

「そこでなにをしている?」後ろにダンを乗せたまま自転車を降りたブルーノが、睨みを利かせながら近づいて来る。

「地下は空気が悪い」エヴァンは言い返した。「やあ、ダン。久しぶりだな」

大きく目を見開いたダンが、恥ずかしげに自転車から飛び降りた。急に重みを失った自転車がぐらりと揺れる。

「あいつのこと知っているのか?」ブルーノが強い調子でダンに訊ねる。

「ええ、まあ」と、ダンは目を伏せた。状況がのみ込めず困惑しているのだ。

それもそのはず、エヴァンがダンに声を掛けた事など皆無なのだから。しかも気さくになど、誰に対してもあり得ない。

そんな事など知る由もないブルーノは、目をぎらつかせ、エヴァンとダンの両方を見やった。

エヴァンはほくそ笑んだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 245 [ヒナ田舎へ行く]

この状況を黙ってやり過ごすことはもはや不可能だと悟ったダンは、渋々エヴァンに歩み寄った。

「お久しぶりです」ぺこんと頭を下げ、上目遣いでエヴァンの表情を伺う。

エヴァンはもともと感情を表に出さないタイプのうえ、傷のせいで喜怒哀楽を表すのはもっぱら顔半分だけだ。その半分で、ダンはエヴァンの感情を理解しなければならない。

「あの方がヒナに会いたいというので」エヴァンは曇り空のような色の目を細めた。

その意味を汲み取るにはダンはエヴァンを知らなさすぎた。もともとエヴァンはクラブ側の人間だ。屋敷側のダンとはほとんど接点がないうえ、あったとしてもエヴァンが何を考えているのかは誰にも理解できない。唯一、ヒナだけがエヴァンの心の中を見透かすことが出来る。

もちろんそんなこと、ダンは知る由もないが。

「ヒナも会いたかったと思います」当たり障りのない言葉を返し、ともかく一旦みんなで口裏を合わせましょうと口パクで伝えた。

意味が伝わらなかったのか、エヴァンは無表情のままわずかに眉間に皺を寄せた。

ダンは何とかこの場をやり過ごそうと口実を探した。「ああ、そうだ。そろそろヒナは着替えの時間だ」そもそも、僕がいない間、まともな格好でいたとは思えないのだけれど。

「クロフト卿はしばらく滞在するのか?」ブルーノがエヴァンに自転車をぶつけんばかりに割って入ってきた。

もしかして、これも嫉妬?

ダンは不謹慎な事を思った。

「ええ、そのつもりです。ですから、そろそろ部屋へ案内してくださると助かるのですが。神経質な方ですので、部屋を整えるのにも時間が掛かります」エヴァンが挑むように片眉を上げた。

それだけで、ダンは背筋が震えた。

「ではカイルに案内させよう。おれは八人分、昼食を用意しなきゃならんからな」ブルーノは憮然と言い、自転車を戸口の脇に立て掛け、突っ立ったままの二人に中に入るように促した。

ダンはブルーノのあとに続き、ちらりと振り返って、エヴァンが口裏合わせの話し合いに参加してくれるよう目配せをした。

エヴァンはやはり、無表情のままだった。

こんなことで大丈夫なのだろうか?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 246 [ヒナ田舎へ行く]

ダンがヒナと合流できたのは、それから三〇分ほどしてからだった。

ヒナはくちゃくちゃの頭とよれよれのシャツ姿で、ダンにぶちぶちと小言をくらい、ぐったりと化粧鏡の前に腰を落とした。

「さあ、あとはこのおてんばさんだけですよ」ダンはそう言って、大きなブラシを手にした。

「おてんばさんじゃないもん」女の子扱いされてヒナはむくれた。

「わんぱくでもいいんですけどね」ダンはヒナの抗議などどこ吹く風で、自由奔放な髪をやっつけにかかった。

「エヴィに会った?」エヴァンが大好きなヒナはさっそく訊ねた。

「ええ、会いましたよ。あとで打ち合わせをしますからね」

「パーシーはヒナの家にいそうろうしてることになりました」ヒナはまるで打ち合わせ通りと言わんばかりだ。

「ほんと、あなた達ときたら、全部本当のことを喋ってしまうんですね――ま、あそこは旦那様の家ですけどね。絶対そうだと思って、僕もそう言ったんです」ダンは呆れかえった。

「ジュスのことは言ってない」

「当然です」ダンはそう言うと、黙々とヒナの髪をまとめ上げ、ヒューバートからプレゼントされた青と白の縞模様のリボンを結んだ。カールした薄茶色の馬のしっぽによく似合っている。

支度の整ったヒナは、隣の隣の部屋を使うことになったパーシヴァルを昼食に誘った。使用人の分をわきまえているエヴァンは姿を隠したままだったが、ダンとパーシヴァルとヒナとで今後のことをひそひそと話し合いながら食堂へ向かい、食卓に着く頃にはおおかた口裏合わせは済んでいた。エヴァンにはあとでダンが伝えるつもりだ。

それから、代理人の対応もパーシヴァルが一手に引き受けることで話がまとまった。代理人は伯爵の使いではあるが、所詮ただの弁護士に過ぎない。今後、代が変わっても伯爵家に仕える気なら、パーシヴァルに逆らわないのが彼らの為だ。

ダンはひと先ず難を逃れる形となったが、ブルーノの清々しいまでの告白を聞いたあとで(ダンが無理矢理言わせた感も否めないが)平穏に過ごせると思ったら大間違いだ。

そこにしきたりにとらわれないパーシヴァルが加わったとなれば、なおさら。ヒナと二人で何をしでかすやらわかったものではない。

それを止める手立ては、もはや、ない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 247 [ヒナ田舎へ行く]

「そこ、スペンサーの席」ヒナはパーシヴァルが上座に腰を落ち着けたのを見るや、凶暴な子ネコのように小さな牙を剥いた。

「え?そうなのかい?では、僕はどこに座ったらいいんだろう」パーシヴァルは慌てて立ち上がった。言わずもがな、当然上座に座る権利を有しているのだが、ほぼ部外者ゆえ権利の主張は行わなかった。

「クロフト卿、ヒナの横にどうぞ」ダンはそう言って、横にひとつずれた。普段なら並んで食事をするなどとんでもない話だが、状況が状況だけに許されるというわけだ。

「悪いね」パーシヴァルはヒナとダンの間に座って、向かいの空席に目をやった。「僕はさっそく嫌われたのかな?」悲しげに肩をすくめる。気難し屋の美男子揃いとあって、非常に楽しみにしていたのに。

「パーシー何かしたの?」問題児が問題児に訊ねる。

「まだしてない」パーシヴァルはきっぱりと言った。

「僕、ちょっと手伝ってきます」

ダンが腰を浮かせたところで、カイルがパン籠を手にやって来た。

「あれれ。クロフト卿、そこに座るんですか?」カイルは籠をテーブルに置くと、居心地悪げにいつも座る椅子の背をガタガタと揺すった。

「ん?ダメかい?」子供に振り回され、困惑するパーシヴァル。

「いいえ!ただ、一番偉い人はあっちに座るもんだから」カイルはパーシヴァルが最初に座っていた席を指さした。

「ほら、ヒナ!僕は一番偉いんだってさ」パーシヴァルははしゃぎ声をあげた。

「でも、あそこはスペンサーがいつも座ってるのに」納得しないヒナ。案外融通がきかない性質だ。

「スペンサーは偉そうにしてるだけだから、どこでもいいんだ」カイルはそう言って、結局いつもの席に座った。

「昼食はパンの他にも何か出てくるのかな?」パーシヴァルはへこんだお腹をさすりながら訊ねた。

「ハムと豆のサラダと、スープです。急だったのでそれしかできないってブルーノが言っていました」カイルはてきぱきと答え、戸口に目をやった。「もう来ると思うんだけど」

「やっぱり、僕行ってきます」ダンはあれこれ言われる前に、素早く席を立ってキッチンへ向かった。

手伝いもせずに席に着いて待っているだけというのは、ダンの性分に合わないのだ。となると、じっとしていられないヒナもお尻が疼く。

「ヒナも行ってくる!」勢いよく宣言する。

「え、じゃあ僕も行くよ」カイルもつられる。「もしかしたらスペンサーが逃げ出しちゃってるかもしれないし」

「逃げ出す。僕がいるからかい?」パーシヴァルは心底傷ついた。自分から逃げ出すのはジェームズくらいだと思っていたのに、ここにもいたとは。

「違います!スペンサーは料理を運んだりっていうのが好きじゃないんです。だからいつも僕とダンが手伝ってるんです」カイルは必死に言い訳をした。伯爵(次の)に嫌な思いをさせたと知ったら、ヒューバートが何と思うか。

「ふうん。では、僕も行こう」パーシヴァルは嬉々として立ち上がった。カイルのダメですよという制止の言葉などものともせず、ヒナを追う。

ヒナはこっちこっちとパーシヴァルを誘導し、諦めたカイルはこわごわとパーシヴァルの後ろを歩き、三人はキッチンに乱入した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 248 [ヒナ田舎へ行く]

上で一緒に昼食をとるべきか、使用人は使用人らしく高貴なお方の目に触れないように振る舞うべきか、ブルーノは悩んでいた。こちらだって二百年ほど前までは伯爵の称号を戴いていた。いまだって、ジェントリの端くれだ。土地をすべて奪われたが、実際に管理し守っているのはロス一族だ。

カイルはパンを持ってあがったまま降りてこない。ということはあちら側についたということだ。茶を一緒に飲んだことで仲間意識でも芽生えたか?

やはり一緒に食事など出来ない。お父さんが正しかったのだ。お父さんは最初からヒナともダンとも食事はおろか、お茶さえもともにすることはなかった。ヒナがお願いしたときだけ特別に一度だけ。

「すみません、ブルーノ。持って行くものありますか?」

ダンがぎこちない様子でキッチンに入ってきた。手伝わなかったことを気にしているのか、それとも先ほどの告白のことを気にしているのか。手伝いに関しては出来る時だけでいいことになっている。となると、あの一言か。

『ダンのことが好きだ』

ふんっ。ダンが聞くから答えたまでだ。おかげでこっちは随分とすっきりしたが。

「ハムとサラダを頼む」ブルーノはスープポットに蓋をしながら答えた。

「わかりました」ダンは大皿に盛られたハムと豆のサラダ入り木製のボウルを銀のトレイ乗せた。「ところで、スペンサーは?」

「ああ、セラーでワインを選んでいる。クロフト卿はワインを飲むだろう?」

「ええ、飲むと思いますけど。あまり強くはないようですよ」

意外によく知っているなと、ブルーノは思った。直接の関わり合いがなくとも、ヒナを通じていろんな情報が入ってくるのだろう。

そのヒナがキッチンに飛び込んできた。

「ブルゥ!お手伝いしに来たよ」

迷惑な話だ。

「危ないから、ヒナはサラダかなんかにしといた方がいいよ。スープで火傷したら大変だもん」カイルも当然やって来た。

「では、スープは僕が運ぼう」妙に張り切った調子でやって来たのは、どう扱っていいのか分からないクロフト卿だ。

ブルーノは思わず天を仰いだ。

「ヒナ!どうして座って待っていないんですか?クロフト卿をこんなところまで連れて来て、ダメですよ」ダンがヒナをぴしゃりと叱った。トレイを持って、ぐいぐいとヒナを押しやる。

なかなか強い。

ダンのこういうところが好きだ。そしてちょっとの間だけしゅんとするヒナも、いかにも子供っぽくてかわいいと思ってしまう。

「僕が自分で来たいと言ったんだ。ヒナを叱らないでくれるか?」クロフト卿がヒナをかばうように前に出て、ダンの持つトレイの上からサラダボウルを取った。「これはヒナ。で、こっちの美味しそうなハムはカイルが持って行くといい。僕は、そのポットだね」ブルーノの手元のスープポットに狙いを定める。

「いいえ、これはわたしが」ブルーノはポットを奪われまいと、耳のように突き出る両方の取っ手をぎゅっと握りしめた。まさか次期伯爵と縄張り争いをする羽目になるとは。

「でも、僕も何か運びたい」クロフト卿は子供のように駄々をこね、辺りを見回した。「あの水差しにしよう。そう重くはないんだろう?」ブルーノの背後の水差しを見つけ、にっこりとする。

この笑顔、どこかで見覚えがあると思ったら、ヒナにそっくりだ。ロンドンではヒナの家に居候しているというクロフト卿だが、一緒に住んでいると似通ってしまうのだろうか?

だとしたら、カイルも俺たちもいずれそうなるのか?

ブルーノは思わず身震いをした。

「水差しをどうぞ」

つづく


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ヒナ田舎へ行く 249 [ヒナ田舎へ行く]

手ぶらでキッチンを出たダンは、とんでもなく重要なことを忘れていた。

そして、たったいま思い出した。

というのも、階上から馬車が玄関前に到着した音が聞こえてきたからだ。しかもかなり荒っぽい調子で。

旦那様!

ダンは目の前を行くブルーノを追い越し、真っ先に玄関に駆け付けたい衝動と戦った。

詳しい説明もなくウォーターズ邸を出て、二時間近く経っている。きっと旦那様の怒りはやわらぐどころか増しているに違いない。

ロシターはかなり粘って旦那様を引き留めておいてくれたようだ。こちらがあれこれ対策を立てられるようにと。

なのに僕は、先ほどの口裏合わせの時に、旦那様がここへやって来る事を言い忘れた。

バカバカ!

「もう代理人が来たのか?クロフト卿の話では夕方になると」ブルーノは怪訝そうに眉を顰め振り返った。

「ウォーターズさんではないでしょうか?」ダンはブルーノの懸念を払拭した。どう考えても、あの音は旦那様だ。

「どうしてウォーターズが?」ブルーノが足を止めた。

どうして?ええっと……。「僕が急に戻ったから気になったのでは?荷物もあちらに置いたままですし」

断言していい。旦那様は僕の荷物のことなど、まったく気にしていない。

「そういえばそうだな。もう向こうに行く必要はないわけだから、あとで荷物を取りに行こう」ブルーノはそう言うと、スープポットを手に階段に向かった。

ダンもあとに続いた。が、誰が旦那様を出迎えているのだろうかと、気が気ではない。おそらくはヒューバートがそつなく対応しているのだろうけど、窓から旦那様を見つけたヒナが大騒ぎで出迎えていないとも限らない。早く上にあがって、状況を確認しなきゃ。それとクロフト卿にも、うっかり旦那様を“ジャスティン”と呼ばないように耳打ちしておこう。

「ウォーターズは昼食を済ませたと思うか?」ブルーノが訊いた。

「どうでしょう」ダンは曖昧に答えた。

ヒナの事を考えている旦那様がのんびり食事をしてここまでやって来たとは到底考えられない。クロフト卿の存在を確認して、ヒナの無事(にきまっているが)を確認してからでないと食事は喉を通らないだろう。

「何か用意すべきだと思うか?」ブルーノは後ろにいるダンに聞こえるほどの大きな溜息を吐いた。いつもより昼食の時間が遅れていることも気に入らないようだ。

「いま用意しているもので充分ですよ。もちろん、ウォーターズさんがここで昼食を召し上がるとしてですけど」

「面倒ばかりだな」さらりと本音が漏れる。ブルーノはスープがこぼれないようにバランスを取りながら、急ぎ足で階段をのぼりきると、廊下の向こうに目を向けつつ食堂に入った。

と同時に、ヒナが中から飛び出してきた。

旦那様がやって来たことに気付いたようだ。

やれやれ。いったいいつになったら食事にありつけるのだろうか?

つづく


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